●第1回全日本アマチュア野球王座決定戦 1991年(平成3年)11月16日(神宮球場)
1 2 3 4 5 6 7 8 9
東北福祉大 0 1 0 0 1 0 0 0 0 2
日本石油 0 3 1 0 0 6 0 1 × 11
[東]斎藤、作山、関根−河内
[日]高橋、野村−高柳
▽ 本塁打 徳永3
▽ 二塁打 浜名、金本2(東)、相田、久滋、平田(日)

第1回全日本アマチュア野球王座決定戦は大学が東北福祉大、社会人が日本石油とそれぞれ選手権を制した両チームが対決、1991年(平成3年)11月16日、神宮球場で2万人の観衆を集めて行われた。
東北福祉大は1回に先頭の浜名が先発の高橋からいきなり右翼へ二塁打を放ったが、続く丸山の投前バントに対し高橋の機敏な処理で浜名が三塁タッチアウトになり伊藤の中前安打を生かせなかった。それでも2回には四球の野島を送り、佐藤が中前へ先制のタイムリー。しかし大学No.1の投手陣を誇る東北福祉大に対して日石の強打線がすぐに反撃。その裏、1死から相田が右越え二塁打。投げ急ぎからリズムを崩した先発・斎藤から村上、高柳、高林の3連続四球で押し出して同点。さらに久慈が左前に流して一気に3点を奪って逆転。3回には主砲の徳永が左翼へソロホームラン。6回にも1死二、三塁で斎藤をKOし、救援の作山から高林、久慈、平田が3連続長短打を放つ。そして徳永の左翼席中断への2ランで一挙6点。8回にも徳永の3本目のアーチが出るなど11安打で11点を奪う猛攻。投げては高橋-野村の手堅い継投で東北福祉大を2点に抑えて、初代のアマ王座についた。


●第2回全日本アマチュア野球王座決定戦 1992年(平成4年)11月15日(神宮球場)
1 2 3 4 5 6 7 8 9
東芝 0 1 0 5 0 1 0 2 0 9
駒澤大 1 0 0 0 0 0 0 3 0 4
[東]三原、杉山−高見
[駒]河原、高木、宮本、鶴田−田口
▽ 本塁打 谷口、高見、小林、松原、西村(東)
▽ 二塁打 山下(駒)

第2回全日本アマチュア野球王座決定戦は1992年(平成4年)11月15日、神宮球場を舞台に東芝と駒澤大で競った。
駒澤大は1回、一死から山下が左中間二塁打、続く天野が投手の頭上を越す中前打を打ち先制した。これに対し東芝は2回、谷口が力投する河原から右翼に同点本塁打。さらに4回、東芝は河原、高木を攻め、無死一、三塁から多田の適時打で勝越し、なおもバルセロナ五輪代表主将・高見の3ランなどで5点を加えた。東芝はその後も、松原、西村が本塁打攻勢をかけて引き離した。駒澤大も8回に足をからめた攻めで3点を返したが、救援の杉山に9回の反撃を阻まれた。今大会も、第1回同様、金属バットの使用とDH制を導入したが、結果は東芝の5本塁打に象徴されるように、またも大学が社会人のパワーにやられた。しかし「金属バットだから勝てないということはない。バッテリーミスをなくし、守備を強化すればチャンスはある」と駒澤大・太田監督は言い切った。

●第3回全日本アマチュア野球王座決定戦 1993年(平成5年)11月21日(神宮球場)
1 2 3 4 5 6 7 8 9
青学大 0 5 0 5 2 1 0 0 0 13
住友金属 2 0 0 0 12 0 0 1 × 15
[青]中川、白鳥、倉野−原
[住]尾山、寺坂、石井−樋野、川渕
▽ 本塁打 木下(青)、戸田、川渕、三宅、松本(住)
▽ 三塁打 三宅(住)、坪井、高山(青)
▽ 二塁打 白土、原、清原、佐藤(青)、松本、川畑(住)

第3回全日本アマチュア野球王座決定戦は1993年(平成5年)11月21日、神宮球場で初の大学日本一に就いた青山学院大と、日本選手権最多の6度目の優勝を飾った住友金属とで競われた。
青山学院大は、住友金属投手陣の不調に付け込んで5回までに10-2と引き離した。しかし、住友金属は5回裏本塁打攻勢をかけ、三宅の満塁本塁打などで一気に12点を奪い逆転。8回、松本の本塁打でダメ押し、15-13で接戦をものにし社会人の意地を見せた。最高殊勲選手賞は5打数5安打5打点の住友金属・松本尚樹内野手が、敢闘賞は先制本塁打を打った青山学院大の木下 郁外野手が受賞した。試合前、青山学院大の河原井監督は「どんどん打っていけ。1点、2点とられても気にするな」と選手に伝えた。監督の指示どおり、2回に木下の2点本塁打。4回には満塁で、坪井の走者一掃三塁打と、ともに初球を狙う積極的なバッティングが功を奏した。しかし、終わってみれば逆転負け。「本当に金属バットは何があるかわからない。10点差をつけたときは『勝てた』と思ったんだが・・・」しかし、青山学院大の健闘は今後の励みになるに違いない。


●第4回全日本アマチュア野球王座決定戦 1994年(平成6年)11月13日(神宮球場)
1 2 3 4 5 6 7 8 9
日本通運 0 0 1 0 0 0 0 0 0 1
駒澤大 0 0 1 2 0 0 0 0 0 3
[日]黒川、黒沢−工藤
[駒]河原−浜岡
▽ 本塁打 宮下
▽ 二塁打 田中(泰)、山口(日)、稲葉(駒)

学生、念願の初勝利。 第4回全日本アマチュア野球王座決定戦は1994年(平成6年)11月13日、神宮球場で6度目の大学日本一についた駒澤大と、社会人日本選手権初制覇の日本通運とで戦い、駒澤大が3-1で勝ち、アマチュア日本一に輝いた。
駒澤大の勝利の原動力は主戦・河原純一投手の力投。河原の失点は3回、9番の宮下に速球を左翼席に運ばれた1点だけ。浜岡捕手の強気のリードでストレートを多投、要所要所にきめ球のフォークボールを配した。駒澤大打線も、浜岡の適時打で同点のあと、4回、本間、大森、臼井の3連打で2点勝越し。その後も、河原の投球は一段とさえ、被安打6、7奪三振、無四球で逃げ切った。過去3回、金属バットの威力を通観してきた大学側であった。しかし河原投手は「低め低めになげる。間違っても相手が狙っている球を投げない」ことを肝に銘じて、大学初の王者の冠を受けた。駒澤大の太田監督は「相手の打者をよく観察している。最高の投球」とヒーローをほめたたえた。


●第5回全日本アマチュア野球王座決定戦 1995年(平成7年)11月12日(神宮球場)
1 2 3 4 5 6 7 8 9
法政大 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
三菱自動車川崎 3 1 0 1 1 2 0 0 × 8
[法]真木、矢野、福山、金子−井口、植田、大場
[三]玉木、竹下、安田−伊藤
▽本塁打 梶山、渡辺(三)
▽ 三塁打 加藤(三)
▽ 二塁打 渡辺(三)

社会人王座奪還! 第5回全日本アマチュア野球王座決定戦は1995年(平成7年)11月12日、神宮球場で行われ、10年ぶりに大学日本一に輝き最多優勝7回を誇る法政大と、社会人日本選手権初優勝の三菱自動車川崎とで戦われた。全国制覇は初めてという三菱自動車川崎が8-0で法政大を降し、初のアマ王座に就いた。
三菱自動車川崎は初回渡辺の左中間二塁打で先制し梶山も右前打して2点を加えた。その後も小刻みに加点し、6回に渡辺が左中間へ2点本塁打して試合を決めた。先発、玉木は法政大打線を6回まで4安打に抑え、竹下、安田のリレーで5安打完封。この試合、4回表に打席がまわってきた法政大の三、四番、奥村と副島は金属バットを手に打席に入り、四球と右前打で無死一、三塁のチャンスを作った。結局、三菱川崎の玉木投手に無得点に押さえ込まれたが、塁に出た二人は第一打席は木製バットを握っていた。なんとか木のバットで勝負したいという気持ちの表れだったのか・・・。


●第6回全日本アマチュア野球王座決定戦 1996年(平成8年)11月10日(横浜スタジアム)
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
住友金属 0 0 2 0 1 0 0 1 0 0 1 0 5
青山学院大 3 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 1 6
[住]金城、石川−川渕
[青]沢崎−清水
▽ 本塁打 宮内2(住)、清水(青)
▽ 三塁打 大良(住)
▽ 二塁打 後山2、中西(住)、高須2、四十万2、岡野(青)

学生が再び王座に! 第6回全日本アマチュア野球王座決定戦は1996年(平成8年)11月10日、横浜スタジアムで行われた。
社会人代表は10月の日本選手権大会で7回目の優勝を飾った住友金属。学生代表は6月の全日本大学野球選手権大会で2度目の優勝を果たした青山学院大で、両チームの対戦は第3回大会(住友金属15-13青山学院大)に次いで2回目。試合は大会史上初の延長戦となった12回、青山学院大は先頭の井口が中前打、後続2人が倒れたが四十万が中前打で繋いだ後、10回に代打で出て指名打者に入っていた増田が、右中間を破る二塁打で6-5のサヨナラ勝ちを収めた。澤崎は178球で完投。住友金属は宮内の2ランホームランなどで逆転、11回には相手のエラーで勝ち越したが、最後は頼みの石井が力つきた。青山学院大は2度目の挑戦で初のアマチュア王者となった。通算成績は社会人の4勝2敗。


●第7回全日本アマチュア野球王座決定戦 1997年(平成9年)11月8日(日生球場)
1 2 3 4 5 6 7 8 9
近畿大 1 0 1 3 0 0 0 0 0 5
三菱重工神戸 1 0 0 0 1 0 0 1 1 4
[近]清水−藤井
[三]木林、谷藤、新井−小田
▽ 本塁打 脇田、二岡(近)
▽ 二塁打 藤井、木之内(近)、秋山、庄野、神前(三)

第7回全日本アマチュア野球王座決定戦は1997年(平成9年)11月8日、日生球場で行われ、社会人の日本選手権覇者の三菱重工神戸を相手に近畿大が競り勝ち、初のアマ王座を獲得した。
近畿大は初回、1死二塁から藤井の二塁打で先制、追いつかれた後、3回に、二塁打の木之内を藤井が還して勝ち越した。4回には、脇田のソロ、二岡の2ランの2本塁打で3点をあげ、優位にたった。 先発の清水は伸びのある速球とスライダーで的を絞らせず好投。9回には、1点差とされ、1死一、二塁と詰め寄られたが、次打者を遊ゴロ併殺に仕留めて逃げきった。近畿大は春、秋のリーグ、全日本大学野球選手権大会に続いて四冠。明治神宮大会を制して史上初の五冠に期待が大きくなった。この試合の舞台となった日生球場は老朽化を理由に、この年限りで取り壊された。最後の有料試合には1万5000人の観衆を集め、「最後もいい試合でたくさんのお客さんにはいってもらえてよかった」と球場関係者も語っていた。通算成績は社会人の4勝3敗。


両チーム
最多得点 28
 第3回大会 青山学院大学(13)対 住友金属(15)

最多安打 37
 第3回大会 青山学院大学(20)対 住友金属(17)

最多本塁打 5
 第2回大会 東芝(5)対 駒澤大学(0)
 第3回大会 青山学院大学(1)対 住友金属(4)

チーム

最多得点 15
 第3回大会 住友金属

最多安打 20
 第3回大会 青山学院大学

最多本塁打 5
 第2回大会 東芝(谷口・高見・小林・松原・西村)
 1イニング最多
本塁打 3
 第3回大会 住友金属

安打 9
 第3回大会 住友金属

得点 12
 第3回大会 住友金属

連続安打 5
 第3回大会 青山学院大学

通算成績
社会人4勝 大学代表3勝

個人 打撃
最多本塁打 3
 第1回大会 徳永耕治(日本石油)

最多安打 5
 第3回大会 松本尚樹(住友金属)

最多打点 5
 第3回大会 松本尚樹(住友金属)

最高打率
 第3回大会 松本尚樹 5打数5安打(住友金属)

個人 投手

最多奪三振
 第2回大会 三原 昇(東芝)・高木浩之(駒澤大学)
 第4回大会 河原純一(駒澤大学)

最高殊勲選手賞

 第1回 徳永耕治 一塁手(日本石油)
 第2回 高見泰範 捕手(東芝)
 第3回 松本尚樹 二塁手(住友金属)
 第4回 河原純一 投手(駒澤大学)
 第5回 玉木重雄 投手(三菱自動車川崎)
 第6回 沢崎俊和 投手(青山学院大学)
 第7回 清水章夫 投手(近畿大学)

敢闘賞

 第1回 金本知憲 右翼手(東北福祉大学)
 第2回 山本晃永 二塁手(駒澤大学)
 第3回 木下 郁 右翼手(青山学院大学)
 第4回 宮下 森 二塁手(日本通運)
 第5回 副島孔太 一塁手(法政大学)
 第6回 後山 聡 外野手(住友金属)
 第7回 新井正広 投手(三菱重工神戸)

 




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